岩佐ビルの第1期の竣工は、1950(昭和25)年。それは「サッポロラムネ」を製造する、岩佐通産(株)の工場でした(現在の東棟)。しかし工場といっても建物の内外には、低コストで機能だけを求めた建築とは別ものの個性やクオリティがありました。また工場であるために基礎が強く、天井高も約4mと、今日のテナントビルではとても望めない広がりを持っていました。建物は何度か増改築されていきますが、ラムネ生産の時代はほどなく終わりを告げます。人びとが甘みに飢えていたそのころ、ラムネは札幌でもメーカーが乱立する人気ぶりでしたが、瓶の製造や回収のシステムが業界で未整備だったこともあって、安定した事業化には無理があったのです。その後アイスクリームやジュース、コーヒー牛乳なども製造しましたが、工場はやがてテナントビルに業態を転換することになります。
1960年代半ばに屋上に駐車場をもつ北棟が建てられ、ほぼ正方形の平面配置に大きな中庭を持つ、現在の建物ができあがりました。一連の設計と施工の中心を担ったのは、プロの建築士に力を借りた、施主である岩佐‥(1902~1989)自身でもありました。岡山市出身の岩佐は、大志を抱いて大正半ばに勇躍北海道に渡り、1930(昭和5)年ころ札幌で農機具製造の会社を起こしました。戦時中に現在地に移りましたが、進取のものづくり精神と卓抜な技能をもった彼は、多くの職人たちを率いて、ほぼ独力で岩佐ビルを完成させたのです。オーソドックスな建築史や分類におさまりきらない独特のたたずまいは、岩佐のスケールの大きな人間力そのものといえるでしょう。
2010(平成22)年春、岩佐ビルは札幌市の景観資産の指定を受けました。歴史に根ざした個性ある景観を未来へ活かしていくことをめざすこの制度によって、南向かいのサッポロファクトリー・レンガ館とも調和する岩佐ビルは、将来にわたるまちのリソースとして認められたのでした。